カツラに男のプライド 舘ひろしが語る「終わった人」の魅力(AERA dot.)

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 内館牧子さん原作、舘ひろしさん主演の映画「終わった人」が、6月9日から全国ロードショーとなる。公開を記念したお二人の対談をお届けします。

*  *  *
内館:舘さんが主人公の壮介を演じられると聞いて、最初に「ウソ!?」って思ったんですよ。しかも、黒木瞳さんと美男美女の夫婦で。

舘:衣装合わせが大変だったんですよ。ダサい服をいくつも着たのですが、そこそこ似合っちゃうんです(笑)。普段着には、その中でも一番ダサそうに見えるものを選んだんです。全然違う自分になれるというか、カフカの『変身』的な楽しさを感じましたね。

内館:あの舘さんが、量販店で買うようなダサい格好で、カッコ悪い役をやっている。週刊誌の袋とじを開けようとしたり、コンビニにゴミを捨てに行って注意されたり。それなのに、チラッとカッコいい、舘ひろしが見えるんですよね。

舘:本当ですか? それは俳優として駄目なんじゃないでしょうか(笑)。

内館:逆なんです。それがすごくよかったんです。チラッとカッコよさが出ることで、現在はダサいオヤジだけど、きっと若い頃は仕事で世界の誰にもひけを取らず向かいあったり、女を泣かせたりしたんだろうなというのがリアルに感じられる。それは、最初からしょぼいタイプではできなかったことで、舘さんにやっていただけて、本当によかった。

舘:「終わった人」というタイトルの強烈さに、はじめは驚いたんです。お受けするべきかどうか、最初は迷いました。

内館:ネガティブなタイトルだし、内容も原作はシリアスですからね。私も最初はコメディーになるとは考えてもみなかったんですよ。

舘:原作にはシリアスな中にシニカルな笑いがあると感じていました。やっぱり悲劇と喜劇は、どこか近い存在なんですよね。

内館:しかも、「リング」や「仄暗い水の底から」の中田秀夫監督だと聞いて、また驚いたんです。

舘:ホラーになっちゃうんじゃないかって?(笑)

内館:そうそう(笑)。一体どんな作品になるんだろう……って。黒木さんが面白いことをおっしゃってました。「結婚生活は、ある意味ホラーだ」って(笑)。

舘:「定年って生前葬だな」というインパクトのある出だし。壮介が定年を迎え、社員に見送られる、寂しそうなシーンとともに、木魚がポクポクポク……チーンって(笑)。これが鳴ることで、最初はどんな作品なんだろうと思って見ていた方も、あ、笑っていいんだという合図になる。現場の雰囲気って、画面に出ると思うんです。とにかく笑いの絶えない現場で、それが出ていると思いますね。

内館:コメディーだからこそ哀しさが増幅される。その一方で、コメディーだから暗くならないんですよね。

舘:千草(黒木)に「出てって」と言われて、一人でカプセルホテルに泊まることになるシーン。あそこは、原作も脚本も、「棺桶みたい」となっていますが、実際に入ってみたら、思わず言っちゃったんですよ。「けっこう落ち着くな」って。そうしたら、監督がそれを採用してくれて。缶ビールとスポーツ新聞でそれなりに楽しんじゃう。そこに、壮介の持っている明るさ、負けない気持ちがちらついて面白いんですよね。

内館:中田監督が、どんどんコミカルな演出を加えていくんですよね。

舘:袋とじもそうでしたし、弁当の鮭を「こんなに薄いのか」と驚く場面なんかもですね。コメディーの要素の中でも、笹野(高史)さんのカツラは秀逸でした。

内館:あれはいいですね! 私は最初、単に笑いを取るためだけにかぶせているのかと思ったんですよ。

舘:あのカツラに、男のプライドというか、背負ってるものが全部込められているんですよね。「素の自分に戻る」という象徴としてずっとかぶってて、最後に外した(笑)。

内館:これだったのか!って思いました。そしてみんなで、さんさ踊りを踊る。いいシーンでしたねぇ……。舘さん、盛岡ロケはどうでしたか?

舘:お墓参りをして、お袋にいつでも帰ってこいと言われるシーンが印象的でしたね。岩手山が美しくて。

内館:舘さんも、故郷の愛知が近づいてくると、やっぱりワクワクするもの?

舘:僕は地元に帰るといつも、高校のラグビー部の連中と会うようにしているのですが、最初は標準語で話しているのが、時間がたつうち、いつの間にか名古屋弁になっているんです(笑)。その世界に戻っている自分が楽しくて。

内館:今回は脚本家ではなく原作者としてでしたが、自分が書いたものが映画になるのは嬉しいですね。東映の三角マークがスクリーンに映った瞬間、「おー、やった! 映画だァ」と思いました。

舘:そうなんですか?(笑)そういえば今回は、女優として登場する場面も見逃せませんね。

内館:スポーツジムで血圧測るおばさん役で“銀幕デビュー”です。

舘:僕は、壮介は子会社に飛ばされたときにすでに「終わっ」ていたという気がするんですが……。「終わった人」が定年を迎えて終わって、新しいスタートを切る。そう見ると、すごく前向き。

内館:経験や円熟がものを言ったりする職種も多いけれども、「俺はまだ若い」とか「若い者には負けない」とか思わず、自分が「終わった」ということをどこかで認めないと、次のステップ、第2ラウンドにはいけない気がするんですね。認めるほうがカッコいい。

舘:若いというのは、それだけで力なんですよね。若い人へのリスペクトがないと、どんどん劣化していく。若い人をリスペクトするということは、若い人の持っているものを吸収しようとすることだと思います。

内館:「終わった」年代でも活躍している人たちって、自分がアピールしなくても、ちゃんと若い人たちからのリスペクトはあります。

舘:「終わった人」の人生が終わるわけではないですからね。

内館:私、終活とかエンディングノートとか、性に合わないんですよ(笑)。

舘:計画的に死ぬ準備をするなんてね(笑)。無計画に生きてきた僕は、いい例にはならないかもしれない。かえってストレスになって死期を早めるんじゃないかという気もします。

内館:死ぬ前からいろいろ準備する人を見るのって、生きてる人も楽しくないんじゃないかしら。

舘:準備は後に残る人に迷惑をかけない程度でいいんですよね。なんとかなりますよ。

内館:私もそう思います。現役のときは、バリバリやって、趣味を持つとか町内会の行事に参加するとかは、「終わった人」になってから始めたら十分だと思う。私はそのときも、「死ぬ準備」はしないだろうなァ。

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